smilemiles

札幌在住の人が書く日記です

おいで

覚えていない危険な夢ではっとして起きたら希望通りの時間だった。外を見たら雪が降っていないのでこれ幸いと出かける。車の運転が何日ぶりだろうか、2週間くらいだと思うんだけど、たったそれだけのブランクでものすごく怖くなる。仕事だってそれくらい空いたらあれこれ忘れるだろうから当然か。
出かけると言っても心躍るイベントがあるわけでもなく、ただ銀行など回って買い忘れたものをスーパーで買って、というだけで終わった。本当はバレンタインのチョコを調達したかったんだけど、気が早すぎたようで行ったらちょうどコーナーの設営中だった。その前に節分もあるんだもんな。恵方巻きと言えばイオンの青函トンネル巻き、食べたいなあ。最初聞いたときに絶対買いたいと思って、お値段5千円と知ってとてもとても無理なのであきらめた。その半額くらいだったら勇気を出して買いたかったわ。
最近刺繍やクロスステッチがはやっているのかはやらせたいのか本がすごく出ているから、否応なしに気になってしまう。小中の頃は母親が熱心にやっていたので一緒になってやっていた。あの頃玉結びや玉留めがどうやってもきれいに出来なかったけど、最近思い出してやってみたらすんなり出来て拍子抜けした。当時狂ったように爪を噛んでむしって深爪していたので、糸を押さえるほど親指にふんばる力がなかったんだろうと思う。爪を噛む癖は、中学に上がるときに「あれ、もしかしてこれ超恥ずかしくね?」と思って止めた。今でもぎりぎりまで短く切らないと落ち着かない。
祖母は手芸と言っても必ず実益を兼ねることを考える人だったので、ただ細かいものを作っては額に入れて飾る母親を見て、金にもならんのにとディスっていたのを覚えている。私もちまちま作って飾るかあげるかばかりだから母そっくりだ。自分に出来ることを人にして対価をもらうことは悪、というような考えが根っこにある。好きでやってるんだから別にお金なんかいいよー、ってやつだ。
自分がやりたいことで人を喜ばせたい、自分がやりたいことで人からお金をもらいたい、の違いなのかなあ。つまり他人が自分の行為で喜ぶことに価値を見出してないってことだよね。金もらえないのにやったって意味ない、あなたは私の労働に対価を払うべき、という発想。商売人に向いている人とそうでない人の決定的な違いって、そういう本質的な部分にあるんだろうな。